社会貢献
身元確認からDNA鑑定まで歯科医師が社会に果たす役割は大きい
遺体を家族の元に還すことも医療人としての大切なミッション
「身元確認は最後の治療」という信念の基に、遺体の歯を見て、亡くなった方の身元確認を行っています。歯科法医学には、遺体のデンタルチャート(歯の状態の模式図)と生前の歯科カルテを比較し、同一人物のものかどうかを確認する手法があります。歯は、焼けても腐っても残りやすく、とても硬い。また歯科病院では、歯科カルテを5年間保管することが義務づけられています。そのため、この手法を使うと、スムーズに身元確認が行えるのです。あまり知られていませんが、実は東日本大震災では、多くの歯科医師が被災地に出向き遺体の身元確認を行いました。神奈川歯科大学のスタッフも鑑定を行ったり、鑑定を行う歯科医師にアドバイスをしたり、のべ200体以上の身元確認に携わりました。残念なことに、その時の歯科医師の多くが遺体の取り扱いになれていないため、十分な働きができませんでした。
歯科医師が身元確認をする対象となるのは、歯以外で身元を確認できない遺体です。つまり、焼けていたり、腐っていたり、普通ではない状態です。普段見ることはまずありませんので、事前に経験がないと慣れた対応ができません。とはいえ、社会の役に立ちたい、警察に協力したい、遺体を家族の元に還したい、という気持ちはどの歯科医師も同じです。その時の経験から、神奈川歯科大学では突然の災害にも対応できる人財を育成するプログラムを開発。神奈川県歯科医師会に協力し、歯科医師を集めてトレーニングを行っています。水死体、焼死体などを想定した遺体のマネキンを作成、それを使った実践的なトレーニング内容です。回数を重ねるごとに参加者は増えています。
- 本学実習室で毎年開催する歯科医師・警察官が合同で行う身元確認研修会
- 口腔内検査用マネキンを使った模擬検死
- 焼死体の口腔内肉眼写真と同エックス線写真
全国の警察や日本政府も認める神奈川歯科大学の高精度なDNA鑑定
そしてもう1つ。歯科法医学で行われる研究として、DNA鑑定があります。鑑定する対象物をシークエンサー(構造を解析する機械)で分析。神奈川歯科大学では、ミトコンドリアDNAという感度のいいDNAを取り扱うことができるため、少量のDNAでも分析できるという強みがあります。
犯罪捜査におけるDNA鑑定は通常、科学捜査研究所で行われますが、対象となるDNA量が少なすぎて分析が困難である場合、大学でも依頼を受けます。神奈川歯科大学の実績はかなり知られていて、全国から依頼が集まり、週に1件は受け入れている状況です。
ここ数年で力を入れている研究は、毛髪のDNA鑑定です。毛髪は硬く、歯と同じような扱い方が可能ですが、毛髪は時間の経過とともに劣化が激しく、1年以上経つと鑑定ができなくなってしまいます。例えば、神奈川県で布団にくるまれた女性の遺体が見つかった事件が起きた際、布団に付着した毛髪のDNAを鑑定しました。容疑者のDNAと一致することを確認し、事件の解決に役立った事例です。真犯人を見つける手がかりをつくり、真実をつきとめる。歯科医師には、歯科治療だけでなく、こうした社会に貢献できるチカラがあるのです。
医療人としての誇りと自覚、命の尊さを知る歯科医師になってほしい
現在、29ある歯科大学、および歯学部を持つ大学のうち、歯科法医学を日常的に研究している大学は、神奈川歯科大学を入れて3大学ほど。講義で身元確認や犯罪捜査の事例を話すと、多くの学生が興味を持ちます。実際、歯科法医学の知識があれば、将来、歯科医師として患者様の治療を行いながら依頼を受ける可能性があるでしょう。どちらも社会で非常に必要とされる任務。大きなやりがいが感じられると思います。
歯科法医学の知識を生かして活躍するには、その土台として、まずは歯科医師としての基礎知識をしっかり身につけることが必要です。そして、学生に求めたいのは医療人としての誇りと自覚を身につけること。ぜひ、命の尊さを知る歯科医師として、将来、様々なかたちで社会に貢献してくれることを期待しています。
山田 良広 PROFILE
神奈川歯科大学卒業後、東京大学大学院医学系研究科で法医学を研究。1995年3月に、博士課程を修了し博士(医学)学位を受領。4月より神奈川歯科大学法医歯科学講師となる。以後、助教授、大学院指導教員を経て、2006年に教授に就任。歯の所見による個人識別や、DNA鑑定により、約1,100件の警察捜査に貢献。厚生労働省の戦没者遺骨のDNA鑑定にも鑑定機関として協力している。2019年4月災害医療・社会歯科学講座に再編、同講座教授、現在に至る。